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宇都宮地方裁判所 昭和34年(ワ)203号 判決

原告

小貫敏

被告

鈴木忠

主文

被告は、原告に対して、金二〇万円及びこれに対する昭和三四年一〇月二五日から支払ずみまで年五分の金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

(請求の趣旨及び原因)

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対して、金五〇万円及びこれに対する昭和三四年一〇月二五日から支払ずみまで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は、当時産経新聞足利販売所に勤務していたものであるが、昭和三二年九月一〇日午前三時四五分ごろ、法令に定められた運転資格がないのに、自動三輪車(栃六す一二〇六号)の荷台に原告を乗車させた上、これを運転して足利市伊勢町二二一番地附近の道路上を時速約三五粁で進行中、自動車運転者は前方を注視し危険の発生を未然に防止すべき義務があるのに拘らず、偶々右側同町三二一番地安足自動車株式会社の方向に人の争うような声を聞いてこれに気をとられ脇見しながら運転したため、前方道路左側に停車中の貨物自動車に気付かずに進行し、約五米の距離になつて右貨物自動車を発見するとともにハンドルを右に切つたが、運転未熟のため避けきれず、自己の運転する前記自動三輪車の前部を右貨物自動車の後部に衝突させ、その衝撃により原告の頸椎を右自動三輪車運転台の屋根後部に打ちつけ、よつて、原告に全治見込不明の頸椎圧迫骨折の傷害を負わせた。

二、原告は、事故後足利赤十字病院、国立箱根療養所等に入院して治療に努めたがその効なく、昭和三四年一月当時は「両上肢尺側躯幹、両下肢知覚障碍あり。左手関節ギプス固定中。両手微動するのみ。両下肢自動的運動なし。膀胱直腸障碍あり、奇異性尿閉仙骨部大の褥創あり。」という病状であり、現在も全く寝たきりで日夜骨肉が細りゆく状態にある。

三、ところで、原告は、事故当時前記新聞店に勤務して一ケ月金一万円の給与を受けていたもので、昭和一〇年一二月一八日の出生であるから、本件事故がなければ、今後三〇年間は右勤務に従事しその間少くとも右給付合計金三六〇万円を得ることができたものである。そして、この金員をホフマン式計算法によつて中間利息を控除すると金一四四万円となる。また、本件事故によつて原告の蒙つた精神上の苦痛は莫大なものであつて、金五〇〇万円をもつて慰藉すべきものである。

四、よつて、原告は、被告に対して、前記得べかりし利益のうち金二五万円と慰藉料のうち金二五万円、及びそれぞれ右金員に対する訴状送達の翌日である昭和三四年一〇月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

(答弁)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の請求原因事実中、被告の勤務先及び原告主張の日時に被告が無免許で自動三輪車を運転中貨物自動車と衝突し、自動三輪車の荷台に乗車していた原告を負傷させた事実は認めるが、その余の事実は争う。本件事故は不可抗力によるもので、被告に過失はない。

二、仮に本件事故について被告に過失があるとしても、原告にも次に述べるような重大な過失がある。すなわち、

被告は、本件事故の約半年前の昭和三二年三月原告方に店員として雇われたのであるが、それまで自動車運転の経験は全くなく、原告方に勤めてから原告から運転の指導を受けていた。そして、原告方では新聞販売を業とし、毎朝自動三輪車を運転して足利駅から新聞を荷受して配達していたが、早朝で眠いために、運転免許もなく経験も浅い被告に自動三輪車を運転させることが多かつた。本件事故は、濃霧のため前方の見通しがつかず、被告の貨物自動車の発見が後れて起つたものであるが、通常運転の指導をするにはみずから運転台に同乗してするのが当然であるのに、原告は、いかに眠かつたとはいえ、被告に運転させたまま、荷台の上に仰向けに大の字になつて眠つていたというのであるから、本件事故については、原告に重大な過失があつたものといわなければならない。

従つて、過失相殺により、被告の損害賠償責任はない。

(証拠関係)(省略)

理由

被告が原告主張の日時に無免許で自動三輪車を運転中貨物自動車と衝突し、そのため自動三輪車の荷台に乗つていた原告が負傷した事実は、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第四号証、弁論の全趣旨から成立を認める甲第一号証、第五号証及び証人小貫宏の証言を綜合すれば、右負傷は頸椎圧迫骨折・頸髄挫滅損傷であつて、原告は、辛うじて生命を取りとめ、事故直後から昭和三五年九月まで足利赤十字病院及び国立箱根療養所に入院して治療を受け、その後は自宅で療養しているが、腕がわずかに上下できる程度で、頸部以下は弛緩性麻痺のため通常の運動ができず、現在なお寝たきりで食事用便等他人の手をかりなければならない状況にあり、右麻痺が回復する見込はほとんどないことが認められる。

そこで、右衝突事故が被告の過失に起因するものかどうか考えると、成立に争いのない甲第三号証及び乙第一号証から第三号証を綜合すれば、被告(当時一七年)は、昭和三二年三月ごろから原告の父小貫二次松の経営する新聞販売店の店員として勤務していたが、法定の運転資格もなく運転技術も未熟であつたのに、同年九月一〇日早朝その荷台に原告及び店員の和田元寿を乗せて右新聞店の自動三輪車(栃六ーす一二〇六号)を運転して国鉄足利駅へ赴き、同所で新聞を積込んで右新聞店へ帰るため、同日午前三時四五分ごろ足利市伊勢町二二一番地道路上を時速約三五粁で進行中、偶々右側前方の同町三二一番地安足自動車株式会社の方向に人の争うような声を聞いて、これに気を取られて脇見をしながら運転し、視線を前方に戻すと同時に左側前方約五米の距離に停車中の貨物自動車を発見し、あわててハンドルを右に切つたが、運転技術の未熟さも加わつて避け切れず、右自動三輪車の前部を右貨物自動車の右後部に衝突させ、その衝撃によつて、右自動三輪車の荷台の新聞の上に仰向に大の字になつて臥していた原告の身体を同三輪車の運転台背部に激突させて前記負傷を負わせるに至つたことが認められる。この認定事実によれば、被告の脇見運転が右衝突の直接原因となつたことは明らかであり、右衝突事故が被告の自動車運転者としての注意義務違反に起因することは疑を容れない。

しかしながら、右衝突事故、とくに原告が頸椎圧迫骨折・頸髄挫滅損傷というような重傷を負つたことについては、次に述べる理由により、原告にもその責任があるものといわなければならない。すなわち、前記甲第三号証、乙第一、二号証及び小貫証人の証言によれば、小貫新聞店においては原告が運転免許を有して前記自動三輪車の運転に従事していたが、原告は日頃被告に運転の指導をしていたので、足利駅からの新聞受取の際などには早朝で眠いため被告に右自動三輪車を運転させることが屡々あつたことが認められるのであつて、原告としては、被告が運転資格を持たないことは勿論、その経験も技術も未熟であることは十分知つていたものと推測され、さらに、原告が被告より四歳年長で雇主の子と店員という関係にあることをも考慮すると、本件事故の際被告が原告に代つて右自動三輪車を運転していたことは、たとい被告の申出によるものにせよ、原告が横着をして本来の職務を怠つたものと認めざるをえないし、被告に無謀操縦をさせたその責任は否定することができない。また、被告に運転させた以上、運転未熟者が事故を起す危険の大きいことを慮つて、絶えず被告の運転に注意し危険防止に心がけるべきであるのに、原告は荷台の新聞の上に仰向に大の字に臥ていたというのであるから、それ自体甚だ危険な所為であつたし、もし原告が被告の運転に注意を怠らなかつたならば、衝突は避けえないまでも、前記のような重傷を負うという事態は防ぎえたのではないかと考えられるものがある。結局、原告の前記負傷については、被害者たる原告にも相当の過失があり、本件損害賠償額を定めるに当つて、当然斟酌されるべきものである。

そこで損害賠償の額について判断する。

前掲甲第一号証、小貫証人の証言及び本件弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和一〇年一二月一八日生れ、本件事故当時二一年九月の壮健な男子であり、父小貫二次松の新聞店に勤務して、将来は他の兄弟と同様新聞販売店を経営する希望を持つていたこと及びその一ケ年の収入は金一〇万円を下らなかつたものと認められる。そして、満二一年の男子の平均余命が四〇年以上であることは顕著な事実であり、また、原告は前記負傷によつてその労働力のすべてを失つたものと推定されるから、将来四〇年間にわたり少くとも一ケ年平均金一〇万円宛の得べかりし利益を喪失したことになるが、右金員合計四〇〇万円について、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して事故当時における一時払額に換算すると金一三三万円余になるところ、右得べかりし利益のうち被告の賠償すべき額は、前記原告の過失を相殺して、その約九分の一に当る金一五万円と定めるを相当とする。

次に、前記負傷の結果、原告は、春秋に富む身でありながら、一挙に肉体的には廃人同様の境遇に陥り、病状の好転する見込もないというのであるから、原告の直面した苛酷な運命を思えば、その精神的苦痛は察するに余りあり、いかなる金額をもつてしてもこれを慰すべくもないのであるが、なお、前記判示のような右負傷に至るまでの原告自身の責任、事故当時の被告の職業、年齢その他本件証拠資料に現われた諸般の事情を考慮して、原告に対する慰藉料は金五万円をもつて相当と認める。

よつて、原告の本訴請求は、被告に対して得べかりし利益金一五万円、慰藉料金五万円の合計金二〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和三四年一〇月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻)

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